03


そして、玲士さんが出てくるまで手持ち無沙汰になった俺は大人しくリビングのソファに身を沈め、テレビのリモコンに手を伸ばす。

ポチポチとチャンネルを変えて、始まったばかりのサスペンスで止める。
特別に見たいわけではなかったが、何となく見始めると先が気になって仕方なくなってくる。主に犯人が誰か、とか。

「う〜ん、そうきたか」

いつしかサスペンスに夢中になっていた俺はリビングの扉が開いたことに気付かなかった。

「あの人も怪しいけどこの人も…でもアリバイあるしなぁ」

「なら二人が共犯って可能性は?」

「あっ!そっか、それならアリバイも崩れて…って!?玲士さん!?」

然り気無く口を挟まれ、そのまま会話を続けそうになって勢いよく背後を振り返る。

「っ―…」

見上げた先の玲士さんは風呂上がりのせいか昼間軽くセットしていた髪を後ろに流し、額を露にさせた姿で。
第二ボタンまで外した黒のシャツに細身のズボン。
切れ長の鋭い瞳が野性的な雰囲気を醸し出していて、昼間の優しく穏やかな空気はどこへいったのやら何だか色々と危ない男の色気が漂っていた。

そんな玲士さんとうっかり目を合わせてしまって、冷ましたはずの熱が振り返しそうになる。
なのに、人の気も知らずクッと口端を吊り上げた玲士さんは喉の奥で笑うと伸ばした右手で俺の頬に触れてきた。

「相変わらずムードも何もないな」

「うっ…」

恥ずかしさに羞恥で頬が赤く染まる。
自然と俯いてしまえば頬に滑らされた右手は離れ、玲士さんは俺の隣へ、ソファの前を回り込んで腰を下した。

そうしてぽんと頭に手が乗せられたかと思えばくしゃくしゃと頭を撫でられる。

「わっ、わっ!?」

「他の奴と違ってそんな所も可愛いけどな」

耳元に寄せられた唇が耳朶を擽り、隠しようもなく俺は顔を真っ赤に染めた。

「こういう素直な所も」

「〜〜っ、か、からかわないで下さい!玲士さ…ンっ」

どきりと跳ねた鼓動に思わず顔を上げて言い返せば、またしても掠めるように唇を奪われる。
一瞬で頭の中が真っ白になり、ツキリと胸に走った痛みと喜び、羞恥に動きを止めた。ゆっくりと離れていく玲士さんを見上げれば見下ろしてきた視線と絡まる。

「お仕置き、二回目だな」

「――っ」

目が合った瞬間細められた鋭い双眸にゾクリと身体が勝手に震える。

「晴海」

弧を描いた唇が俺の名前を呼んで、膝の上にあった右手に玲士さんの左手が重ねられる。

何だか感じたことのない落ち着かない空気に、本能が微かな恐怖を覚えてびくりと無意識に肩が揺れた。

時間にすればほんの一時。そっと息を吐いた玲士さんは空いていた片手でテレビの電源を落とすと重ねていた俺の手を引いてソファから立ち上がった。

「あ…の、玲士さん…?」

手を引かれるまま一緒に立ち上がった俺は戸惑いながら玲士さんに声をかける。

先程まであった妙な空気は薄らいでいる。

テレビの電源を落とした玲士さんはリモコンをテーブルの上に置くと俺を見下ろし表情を緩めた。

「明日はおじいさんに会わなきゃいけないし、もう寝ようか」

寝不足の顔でおじいさんに会わせるわけにもいかないし、と昼間の穏やかな空気を纏った玲士さんに俺はどこか安堵してうんと頷き返した。

それでも煩いぐらい心臓がどきどきしていることに変わりはないが。

手を引かれるまま玲士さんと寝室へ向かう。
ドアを開け、俺が寝かされていたベッドの前まで足を進めると玲士さんは繋いでいた手を離した。

「………」

ジッと俺はベッドを見つめる。俺の誤解だったとはいえ、シーツに付いていた口紅の事を思い出してしまい胸がもやもやしてきて眉間に皺を寄せた。

ベッドの前で立ち止まってしまった俺に、まるで心の中を読んだかのように玲士さんが横から声をかけてくる。

「シーツなら晴海が風呂に入ってる間に取り換えたよ」

「え…」

「嫌だったんだろ?…まぁ俺も他人が寝た上に寝たくはないからな」

安心してベッドに入れと玲士さんに促され、俺はおずおずとベッドに上がる。
その後にベッドの脇に立っていた玲士さんが困ったように言った。

「実をいうと家に寝具はこのベッド一つしかないんだ。滅多なことが無い限り家に人を上がらせることはないから」

「えっ、なら俺はソファでも床でも…」

「いや、そんなことはさせられないよ」

だからと言葉は続き、玲士さんは少し躊躇った後口を開く。

「晴海が嫌じゃなければ一緒に寝てもいいか?」

「嫌なんて…そもそもこれは玲士さんのベッドだし、俺が邪魔しちゃって」

言いながら身体を起こそうとした俺は身を屈めた玲士さんにベッドへと押し戻される。

「俺は別に迷惑だとか思ってないからそんな顔するな。それより嫌じゃないなら俺もベッドに入らせてもらうよ」

「あ…うん」

玲士さんが寝られるようにスペースを開けて端っこに寄る。
しかし、あまりに端に寄りすぎたのか腰に腕を回され玲士さんに止められた。

「そんな離れなくても大丈夫だから。ほら」

抱かれた腰を引き寄せられ、俺は玲士さんの胸の中に抱き込まれる。
いきなりのことに驚き、俺は反射で玲士さんの胸に手をついて押し返した。

「うわっ!ちょっ…離し…っ」

寛げられたシャツから覗いた目の前の素肌にカァッと顔に熱が集まる。

「暴れると本当に落ちるぞ」

額にかかった吐息にピタリと動きを止め、今更ながら俺は選択を誤ったと後悔する。

ソファでも床でもいいから別の場所で寝れば良かった。
玲士さんがこんな近くにいて俺は寝れる自信がない。

心臓はばくばくいってるし、緊張で指先が震える。抵抗から一変カチコチに固まった俺に構わず玲士さんはマイペースに寝室の電気を消した。

そして額に柔らかな感触を感じる。

「おやすみ、晴海」

「…おやすみ…なさい」

それが唇だと気付いて俺はますます眠れなくなった。








強張っていた肩から力が抜け、漸く眠りについた晴海とは逆に玲士は閉じていた瞼を押し上げる。

晴海の腰に回していた片腕を解き、その存在を確かめるようにそっと晴海の背中を撫でれば晴海は小さく声を漏らしふるりと身体を震わせた。

その反応に玲士は声には出さずに笑い、きっちりと閉じられていた足の間に片足を入れ絡ませる。そうして軽く悪戯するように足の付け根に刺激を与えてやった。

「ん…ぁ…」

ひくりと晴海の身体が動く。
背中に滑らせた手を下ろし、やんわりと晴海の臀部を撫でてからその手を腰に戻した。

「早く喰いてぇな」

何も疑わずに大人しく俺なんかの腕の中にいる存在に熱が高まる。
ただ、リビングでは少しやりすぎたか怯えたような表情を晴海はみせた。

それを考えると手を出すにはまだ早いかとも思う。
それでも晴海の気持ちが自分に傾いてきているのは今日のデートではっきりと分かった。

存在もしない玲士の彼女に嫉妬して家に帰ろうとしたぐらいだ。これには玲士も少し驚いた。

思い返してクツクツと喉が鳴る。

「ほんとやることなすこと可愛いなお前は」

すやすやと眠る晴海の額に口付けを落とし、誰にも見られないように晴海を深く己の胸の中に抱き締めて玲士は甘く表情を崩す。

「…ほんと」

無防備に身を預けてくる晴海の温もりを胸に感じて、熱を孕んだ双眸を隠すことなく表に出して玲士は唇を歪めた。

「今すぐ壊したいぐらい好きだぜ。…なぁ、晴海」

抑えていた衝動を僅かに解放するように、晴海の耳元に寄せた唇で耳朶を軽く食む。

「ぅ…ん…」

感じるのかぴくぴくと反応する身体に玲士は瞳を細め、愉快そうに言葉を紡ぐ。

「お前といるとどんどん悪い大人になりそうだ」

晴海、と甘く低い声音を耳の中へ流し込み、玲士は一人喉の奥で笑う。

未だ何も知らずにいる晴海を可愛く想いながらも早く気付けと矛盾した思いを胸に抱き、暫く晴海の寝顔を眺めては軽い悪戯を仕掛けていた玲士もやがて眠る為に瞼を下ろした。

お前が偽るのを止めるのが先か、偽りに気付くのが先か…楽しみだ。



END.

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